幻のドキュメンタリーアニメ『すばらしい世界旅行・未来シリーズ』を追究する【前編】

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日本テレビでは、1966年から1990年にかけて『すばらしい世界旅行』というドキュメンタリー番組が放送されていた。

約24年間の長きに渡って親しまれた番組で、40代以上で知らない方はいないと言っても過言ではないだろう。一社提供の日立の「この木なんの木」で記憶している方も多いかもしれない。

 

今回取り上げるテーマは、ずばり『すばらしい世界旅行』だ。といっても、その対象は実写ドキュメンタリーではない。

あまり知られていないが、番組初期のすばらしい世界旅行』は、「すばらしい未来」*1シリーズと銘打ったアニメーションを放送していたのである。

 

ドキュメンタリーという地味(?)な題材のためか、これまで未来シリーズはアニメ研究の文脈でほとんど取り上げられてこなかった。当然インターネットでも情報は皆無に近く、謎に包まれた存在であった。

現実を描くドキュメンタリーと虚構を描くアニメーションは、一見無縁のように思える。いかにして、アニメーションがドキュメンタリー番組の『すばらしい世界旅行』で使用されるに至ったのだろうか?

 

調査を進めると、未来シリーズには横山隆一真鍋博月岡貞夫林静一、木下蓮三といった著名なアニメーション作家が数多く参加していることが分かった。アニメーションの制作主体には虫プロダクションや黎明期のナックが関わっており、あの『チャージマン研!』にも(若干)影響を与えているようだ。

この連載では、未来シリーズの足跡を追っていきたい。

 

TVアニメ25年史

前述の通り、未来シリーズを取り上げたアニメ研究資料はほとんど皆無である。

その唯一と言っていい例外が、発行当時までのTVアニメをほぼ網羅していることで知られる「TVアニメ25年史」(1988年)だ。

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【「TVアニメ25年史」16ページ、21ページ】

ここでは、『アラスカの旅・第五氷河期』と『ニューヨークの旅・コンピュートピア』の2本が掲載されている。当時のスタッフの証言を総合して作成された貴重な資料だ。

だが、実は、未来シリーズはこれが全てではない。なんと、このほかに少なくとも2本が存在することが調査で判明したのだ(詳細は後述)。

※余談だが、『星の子ポロン』の解説にも未来シリーズへの言及が存在する。これが私が未来シリーズに興味を持ったそもそものきっかけなのだが、話がややこしくなるのでこの記事ではあえて触れないでおく。

 

未来シリーズの全貌

未来シリーズの全貌を明かしたい。

だが、ドキュメンタリー番組は、アニメやドラマ等と異なりマニアによって放送リストが公開されることが少ない。したがって『すばらしい世界旅行』の放送内容はほとんど知られていない。

…となると、もう取れる手段は、当時の新聞ラテ欄の調査しかない。

仕方がないので、番組開始の1966年から1969年までの放送リストを作成・整理することにした。自宅で新聞DBが使える環境が有り難い。

 

未来シリーズ一覧(暫定)
地域 サブタイトル 放送日
12 ハワイの旅 イルカと話せる 1966年12月25日
17 アラスカの旅 第五氷河期(前編) 1967年1月29日
18 第五氷河期(後編) 1967年2月5日
27 アラブの旅 食糧戦争 1967年4月9日
66 ニューヨークの旅 コンピュートピア・西暦2000年の物語(前編) 1968年1月7日
67 コンピュートピア・西暦2000年の物語(後編) 1968年1月14日

というわけで、以上が放送リストから未来シリーズと思われる回を抜き出したリストである。読売新聞東京版、毎日新聞東京版、朝日新聞名古屋版、および他資料をもとに作成した。

 

当時の資料を探る

当然ながら、ドキュメンタリー番組のメインターゲットは大人である。それは未来シリーズも同様で、当時としては珍しい大人をターゲットとしたTVアニメであった。

そのため、物珍しさも合ってか当時の新聞や雑誌に取り上げられる機会は比較的多かったようだ。特に東京新聞ではかなりの頻度で取り上げられていた。

長々と説明するよりも、記事を見ていただいた方が理解が早いだろう。ここからは記事を時系列順に取り上げていく(クリックで画像拡大)。

 

ハワイの旅:イルカと話せる(1966年12月25日放送)

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【「毎日新聞」1966年12月13日】

 

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【「読売新聞」1966年12月21日】

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【「毎日新聞」1966年12月25日】

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【「朝日新聞」1966年12月25日】

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【「東京新聞」1966年12月25日】

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【「週刊TVガイド」1967年1月6日号、P157】

 

これが未来シリーズの第1作である。

当時盛んに行われていた「人間とイルカの会話の研究」を紹介する内容だったとのことで、番組の冒頭には、ハワイ・オアフ島の海洋研究所の取材映像(実写)が挿入されたようだ。

なんと言っても、本作の特筆点は横山隆一がキャラクターデザインで参加している点だろう。おとぎプロのミニ番組を除けば、横山が直接携わったTVアニメは数少ない。『フクちゃん』原作者としての知名度が高いこともあってか、このことは当時の番宣記事でも大きく取り上げられ、毎日新聞や週刊TVガイドには横山による設定画まで掲載されていた。

制作時には『動物と話せる時代』*2『人間とイルカ』*3という仮題が使われていたらしく、当時の番宣記事やスタッフの経歴紹介などでその名称が確認できる。

また、現在公開はされていないものの、脚本データベースに本作の脚本が登録されている。第2稿と第3稿は『人間とイルカ』、第4稿は『イルカと話せる』のタイトルとなっているようだ。

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DATA
プロデューサー:森正博
脚本:横田弘行、森正博
キャラクターデザイン(原画):横山隆一
アニメーション(動画):月岡貞夫
声の出演:ナレーター(久米明

※『毎日新聞』1966年12月13日、『読売新聞』1966年12月21日、『朝日新聞』1966年12月25日、『東京新聞』1966年12月25日、『週刊TVガイド』1967年1月6日号を元に総合的に作成

 

アラスカの旅:第五氷河期(1967年1月29日/2月5日放送)

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【「朝日新聞」1967年1月29日】

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【「朝日新聞 名古屋版」1967年1月29日】

 

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【「毎日新聞」1967年1月29日】

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【「東京新聞」1967年1月29日】

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【「週刊TVガイド」1967年2月3日号、P102】

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【「読売新聞」1967年2月3日】

本作は「未来シリーズ」初の前後編として放送された回である。

脚本データベースには、本作の脚本の第三稿が登録されており、国立国会図書館で閲覧可能である。なお、脚本データベースには「グリーンランドの旅雪と氷の世界(第一部)」という未知のタイトルも登録されている。私が閲覧した限りでは、恐らくこれは本作の初期稿のような気がする(根拠はない)。

DATA
チーフプロデューサー:牛山純一
プロデューサー:森正博、野口英夫、河村治彦、渡辺忠美、黒川慶二郎
ディレクター:森正博
脚本:佐々木守、森正博
原画:真鍋博
動画演出:木下蓮三
第二原画:岡本良雄
動画:田村有美子
トレス:黒川八枝子
彩色:落合幸世
美術:藤本四郎
撮影:佐倉紀行、野宮進
動画撮影:虫プロダクション
編集:伊藤二良
音楽(音楽効果):岩味潔
製作:日本テレビ
声の出演:ナレーター(久米明

※『読売新聞』1966年12月21日、『朝日新聞』1967年1月29日、『週刊TVガイド』1967年2月3日号、『日本映画監督全集』、『TVアニメ25年史』、後述の資料を元に総合的に作成
 アラブの旅:食糧戦争(1967年4月9日放送)

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【「東京新聞」1967年4月9日】

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【「毎日新聞」1967年4月9日】

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【「朝日新聞」1967年4月9日】

未来シリーズのうち、この回だけは新聞での扱いが何故か小さく、情報の少ない回だ。見つかったスチル写真も東京新聞に掲載された1枚だけだった。

DATA
ディレクター:森正博
脚本:佐々木守、野口秀夫
演出・原画:木下蓮三

※『朝日新聞』1967年4月9日、『東京新聞』1967年4月9日、『日本映画監督全集』を元に総合的に作成
 ニューヨークの旅:コンピュートピア・西暦2000年の物語(1968年1月7日/14日放送)

 

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【「東京新聞」1968年1月7日】

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【「朝日新聞」1968年1月7日】

これが恐らく未来シリーズの最終作だ。

前作の「アラブの旅」から8ヶ月の期間を空けて放送された。脚本は、これまでと異なり、アニメ畑の辻真先が担当している。

DATA
プロデューサー:牛山純一
ディレクター(演出):河村治彦
脚本:辻真先、河村治彦
デザイン:篠田昌三
アニメーション:月岡貞夫
作画協力:杉井ギサブロー
背景:松本強
動画撮影:工房ナック、小柳朔郎
編集:伊藤二良
協力:増田米二
製作:日本テレビ
声の出演:語り手(久米明)ほか

※『東京新聞』1968年1月7日、『TVアニメ25年史』、辻真先『TVアニメ青春記』を元に総合的に作成

 

以上である。未来シリーズがどういった作品か把握していただけただろうか。

 

映像の行方

意外に思われるかもしれないが、これまで『すばらしい世界旅行』は一度もビデオソフト化されたことがない。

当然、未来シリーズも同様である。

 

そもそも未来シリーズが放送されたのは1960年代の話。録画機器はまだ一般家庭には普及していない時代だから、録画映像も現存していないだろう。こうなると、もう映像の視聴は不可能なのだろうか・・・。

だが、実は映像は意外な所から見つかっている。そもそも、本編映像ありきでこの連載がはじまっていたのだ。

 

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そう、驚くべきことに、未来シリーズの映像を公開している施設が存在したのである。

茨城県にある龍ケ崎市立中央図書館だ。

なんでも、龍ケ崎市が『すばらしい世界旅行』プロデューサー・牛山純一にゆかりのある地であることから、牛山の死後、龍ケ崎市立中央図書館内に「牛山純一ライブラリー」が開設されたらしい。

ここでは牛山の代表作600本の映像が公開されており、その600本のなかに未来シリーズの「第五氷河期」(前・後編)の2本の映像が含まれていたというわけだ。

早速(2020年2月)、行ってきて視聴した。時期は新型コロナ拡大直前、ギリギリのタイミングだった。

内容

1998年10月設立の牛山ライブラリーは、DVDではなくVHSで映像資料が所蔵されている。今回視聴した「第五氷河期」はS-VHSに記録されていた。

(余談だが、図書館のテレビの仕様でアス比16:9に引き伸ばした形の再生となってしまったのが少し不満だった。)

以下に簡単に内容をまとめよう。

番組オープニング

まず最初に番組のオープニング映像(アニメ)が流れ、「すばらしい未来」と大きくタイトルが表示される。

文献によって「未来シリーズ」「未来編」など表記ゆれが存在するが、正式なシリーズ名は「すばらしい未来」と考えて良さそうだ。そのあと、「制作 日本テレビ」「日立」のテロップが表示された。

実写映像→サブタイトル→アニメーション

前後編とも、番組の冒頭は取材による実写映像だった。

実写映像の後、サブタイトルが表示される。前編はフィルム焼き込みテロップだが、後編は後年に新造されたと思われる電子テロップだった。「第五」と「第5」で表記ゆれがあるが、前者が正しいと考えて良いと思う。

アラスカの旅
第五氷河期
ー前編ー

アラスカの旅
第5氷河期ー後編ー

サブタイトル表示のあと、いよいよアニメーション映像が開始される。VHSデッキの時間を確認してみると、前編では4分30秒から、後編では5分10秒からの開始だった*4。『すばらしい世界旅行』は30分番組だから、実写主体ではなくアニメ主体の作品と考えて間違いないだろう。

番組エンディング

テープの最後には電子テロップによるスタッフクレジットが収録されていた。クレジットは前後編ともに同じ内容だ。恐らくTVアニメ25年史を元に新規作成したものだろうか。ちなみに製作の日本テレビロゴだけはフィルム焼き込みだった。

ディレクター  森正博
ナレーター   久米明

アニメーター  木下蓮三
原画      真鍋博
脚本      佐々木守

撮影      野呂進
        虫プロ
編集      伊藤二良
音響      岩味潔

プロデューサー 牛山純一
製作      日本テレビ

感想メモ

  • 作画クオリティはあまり高くはない。
  • キャラクターデザインはアメコミっぽい(?)リアル調。
  • 線が太い。
  • とにかく洒落てる!
  • 基本的に久米明のナレーションのみで構成される。
  • キャラクターの台詞も久米明の一人芝居?
  • ジャズパートのリミテッド的演出がすごく良い。
  • 当時の他のTVアニメと比べてアーティスティックな印象。
  • 止め絵をトラックアップやパン、回転で魅せるリミテッド的演出が多い。
  • 後編には、ある少女キャラがメインで登場。声はどこかで聞いたことのある女性声優(名前は分からない…)。
  • ストーリーはパニック映画風。
  • 人類の環境破壊によって北極の氷が溶けて大規模な洪水が発生する。だが人類は何も対策をせず…、といったストーリー。

感想が薄くて申し訳ないが(1年以上前の話なので記憶が忘却しかけてる)、当時の一般的なTVアニメとは全く異なる作風で非常に見応えのある作品だった。

 

愛媛の旅

さらに調査を進めていると、愛媛県立美術館の「真鍋博コレクション」に『第五氷河期』の宣伝はがきが所蔵されていることが判明した。真鍋は『第五氷河期』に原画(キャラクターデザイン)として参加している人物である。先ほどの牛山と同様、真鍋が愛媛県にゆかりのある地であることから「真鍋博コレクション」が開設されたらしい。

遠隔複写は受け付けていないとのことだったので、早速(2020年10月)、現地まで行ってきた。

で、複写したのが、記事のトップにも表示したこれである。イラストは「朝日新聞」1967年1月29日の記事に掲載されたものと同一だ。

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裏面には、詳細なスタッフ名がずらりと掲載されていた。本放送のテロップでもここまで詳しくクレジットされてないかもしれない。情報の少ない作品だから、このデータは研究に大いに役立った。

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まとめ

前編では作品紹介を中心に取り上げてきたが、如何だっただろうか? 多くの人が初めて知る情報ばかりだったのではないだろうか。

後編では趣向を変えて、「未来シリーズ」という異色のドキュメンタリーアニメが成立した経緯や、終了の経緯、その後の動向等々について、詳しく取り上げていきたい。乞うご期待。

 

【後編につづく】

*1:文献によって「すばらしい未来」「未来シリーズ」「未来編」など、表記ゆれが存在する。この記事では「未来シリーズ」と表記する。

*2:週刊TVガイド

*3:毎日新聞1966年12月13日や月岡貞夫「新技法シリーズ アニメーション」

*4:冒頭ビデオ注意テロップを含んだ時間